大阪大学石橋門下の待兼山町に店舗を構えていた「待兼タイカレー」は移転し、現在は「自然派本格タイ料理 タイ割烹 ARTIST プリック」として営業しています。本当に繁盛していた待兼タイカレーはなぜ移転したのか?この理由を知ると店主の苦悩とタイ料理への情熱を強く感じ共感できます。
こんな人に読んでほしい
- 待兼タイカレーを利用したことがあり懐かしい思いになる人
- どこに移転したのか知らず、閉店を残念に思っていた人
- 当時店主がどんな思いで店舗運営をしていたか知りたい人
待兼タイカレーARTISTプリック
かつて豊中市待兼山町の大阪大学石橋門付近にお店を構えていたタイ料理店です。
屋号のARTISTは分かりますが、「プリックって何よ?」と思いませんか。私も知りませんでした。
「プリック」とはタイ語で香辛料の事だそうで、スパイシーなタイ料理に欠かせないものですね。
私達はタイのレッドカレーやグリーンカレーなどをタイカレーとして認識していますね。
でもタイの人々は汁物料理の一種として捉え、私たちが持つカレーと言う概念では捉えていないようです。
ではタイカレーと称するのは何故でしょうか?世界中には多くの種類のカレー料理が存在します。
インド、タイ、ミャンマー、スリランカ、ベトナム、イギリス、フランス、アメリカ、そして我が国の日本式。
それらの共通点は多種類の香辛料を併用して食材に味付けをする料理と言う点が挙げられます。
カレーの定義には多くの議論が残りますが、一定基準においては間違いのない理解でしょう。
香辛料やハーブ類、主たる食材にひとかたならないこだわりを持ってタイ料理が提供されていました。
しかも価格帯がリーズナブルで嬉しい。400円から高くても800円台に多くのメニューがありました。
ランチタイムには500円で150gのカツが載ったグリーンカレーがドリンク付きでご飯大盛り無料。
採算が合っているかどうか・・・それは血の滲む思いでサービスされていたことでしょう。
香辛料、ハーブ類へのこだわり
かつて店主のご主人様が長らくタイで駐在勤務されていたそうで、そこでタイ料理を覚えたとの事。
日本では地域、地方によって独自の食文化がありますが、タイでもこれは同じ事情にあります。
首都バンコクから中国との国境や南限のマレーシアとの国境へは飛行機での移動が必要です。
タイ全土の料理を網羅してマスターするのは物理的に無理でしょうし、時に不要でもあります。
知り尽くすに越したことはありませんが、どの水準までマスターするかの方が重要でしょう。
その点では相当高水準でタイ料理を体得されているますので、どうしても香辛料やハーブ類が妥協できません。
カレーに使われる香辛料やハーブ類ってどんなものがあるか再確認してみましょう。
ガラムマサラ、クミンシード、コリアンダーパウダー、カイエンペッパーパウダー、ターメリックパウダー、チリペッパー、シナモン、クローブ、ジンジャー、ガーリック、カルダモン、ローリエ、ナツメグなどなど
試しにそれぞれの単価を調べてみると解りますが、結構な値段であり、決して安くありません。
極めて厳格な鮮度管理が求められるハーブ類は、味、香りともに料理のインパクトに影響します。
香辛料類も同じです。流通時間が長い物は、期待したスパスの鮮烈さがなく裏切られます。
それでは店主が提供したいタイ料理のクオリティー水準が安定しませんので、こだわってしまう訳です。
こだわった結果
では店主が香辛料とハーブ類にどこまでこだわっているのかを表現します。
たとえばタイカレーでもバジルが使われますが、イタリアンで有名なスイートバジルではありません。
タイバジルは別物で、ガパオやホーラパーでなければ、タイ料理特有の味と風味にはなりません。
タイバジルは、手軽にどこのスーパーでも手に入るものではなく、新鮮な物は入手困難です。
そこで店主はどうしているのか?気になりますね。市販ペーストを使うしかないのか・・・
今年は新型コロナ禍が世界を席巻し、一部を除いて海外渡航が出来ない状態になっています。
まだ感染拡大規模が限定的であった2月に、バンコクへ足を運び、ハーブ類の種子を仕入れています。
チャドチャック市場、オートコー市場、BIG-Cなどでハーブ類の種は買い求める事ができます。
種を買ってくるという事は・・・そうです。栽培してベストタイミングで収穫し、それが使われています。
タイの市場でも収穫間もない新鮮なハーブや野菜類が買えますが、空港の検疫がとおりません。
所定の手続きで検疫を通過する正規の方法もありますが、調理に使うまで数日の時間が経過します。
大量に仕入れると、最後の方は鮮度が落ちてしまうので、日本の野菜類を流用する方がよくなります。
やっぱり種を買ってきて、自家菜園で栽培し、それを提供するのが最高の食材になります。
そして提供適時にするために、収穫時期が変化するように、種を蒔くタイミングも変えて行きます。
香辛料類は栽培しても結実しないものが大半です。日本の気候での栽培収穫は難しいようです。
香辛料類は現地の専門店で、実際に手に取って触れ味わって、納得できたものだけを採用します。
ここで求められる専門店の情報と選び抜く眼力は、長いタイ在住経験が物を言います。
それでもあまり大量には買い付けません。お店での保存期間で鮮度が落ちて行くからです。
調理で消費するペースに合う分量に限るので、年に何回もタイへ足を運ぶ必要が出てきます。
そこまでこだわるべきなのか
食材や調味料、香辛料の入手は、一般に小売店や専門業者からの供給を受けるでしょう。
生産者から直接入手できる場合もありますが、産地が近いとは限らず、輸送効率もあります。
中々理想的な状態で食材類などの供給を受ける事は難しく、一定の妥協を求められます。
でも鮮度抜群なのは追求したい条件だと思う経験があります。山椒の実を例に挙げてみます。
山で自然に自生している山椒の木になる実を収穫して、麻婆豆腐を作ったことがあります。
それは驚きの鮮烈さがありました。今まで味わったことが無い風味と山椒特有の味がありました。
採れたての山椒がこれほどまでに痛烈な味と香りを放つものだと知らなかったのです。
また早朝に収穫したキャベツなどは、瑞々しく、そして抜群の甘さが感じられます。
露地栽培の朝採りトマトなどは、これぞトマトと叫びたくなる旨さと香りがあります。
タイ料理を構成する食材や香辛料、ハーブ類でも同じことが言え、結果に現れます。
ARTISTプリックのポリシー
全ての食材や香辛料、香味野菜がベストな状態で手に入る訳ではありません。
しかし可能な限りこだわって追求し幅を広げた方が、料理の味は確実に良くなります。
こだわる範囲は、調理する人、料理人の考え方、料理への取り組み姿勢で異なります。
ARTISTプリックの店主は、自分の力量で許される限りこだわりたいとのポリシーを持っているのです。
なぜか?質の良い食材や香辛料、香味野菜を使うと、タイ料理の味も劇的に変化する事を知ったからです。
何でも良い物を知ってしまうと、麻薬のように(やったことはありません比喩です)止められなくなります。
良い物を使って調理した料理を知った店主は、妥協して提供することができなくなったのです。
移転して再出発した理由
前身であった待兼タイカレーARTISTプリックで味わえるメニューでも十分に堪能することが出来ました。
でも実は、そこで自分が調理して提供するタイ料理に、店主は納得する事が出来ていなかったのです。
世間様が受け入れてくれる予算範囲の中で表現できるタイ料理のグレードと悶絶していたのです。
コストありきでタイ料理を表現している現実。それは自身が求めるグレードではない妥協だったのです。
客である私は待兼タイカレーARTISTプリックが提供していたタイ料理でも十分満足していました。
でも店主の思いは違う領域にあったのです。完成度は高い方だけど、ARTISTとは言えないと言う思い。
真のARTISTは普通人の感覚から突き抜けていて、少々高度な領域では到底満足できないのでしょう。
「味の水準」と「コスト要因」との調和点、これを「味の水準」に傾斜すると「コスト要因」が犠牲になります。
これを押すと既存顧客が離れるリスクは百も承知。でも自信が納得するタイ料理を表現したかったのです。
今の「自然派本格タイ料理タイ割烹ARTISTプリック」
待兼タイカレーARTISTプリック時代から顧客であった私は、移転後ももちろん利用しました。
店主が住まわれる自宅を店舗としてお客様方を迎え入れる形態で営業されています。
店舗を借りる家賃を節約しているのではと勘繰るかも知れませんが、私は逆だと思いました。
普通の人は、プライベートゾーンである自宅内部を公開せず、公私の境界を守りたいと思う物です。
その心の垣根を取り払ってお客様を迎え入れる気持ちはどこにあるのか?お客様への信頼でしょう。
家賃を払ってでも公私の境界を保ちたいのが人情ですが、それ以上にオモテナシの気持ちがある事を知りました。
実際に事前予約を済ませ、予定日に家族兄弟で訪問し、店主お任せの料理コースを頂きました。
大局的な印象として、「特徴ある(クセの強い)タイ料理が、これ程までにマイルドで万人向けになるのか」です。
甘い辛い酸っぱいが特徴で、パクチーなどの香草が「クセ」を演出するタイ料理が穏やか極まりないのです。
タイ料理に多くの人が感じる「クセ」は、和食文化との対比で感じるものだと思います。
タイ料理特有の「クセ」がないのは、タイ料理の亜型と評する人もいるかも知れません。
でも私の理解は違いました。素材にこだわり吟味して調理されたタイ料理は、門戸を広げるのです。
完成度の高いタイ料理は、食文化と国境を越えて、慣れない人ですら舌を満足させる力があるのです。
これを感じて欲しいと願う店主は、移転リスクを抱えても、料理と言う切り口で、ARTを演出したかったのです。